展覧会へ向けて
およそ2年半ぶりの2度目の個展。
今回は地元である浦和で、そして何とも素敵なお茶屋さん(!)での開催です。
とても好きな街で、とても好きなお茶屋さんで、開催出来ることを嬉しく思っております。
今回のキーワードはタイトルにあるように「蝶」です。
あのデカルコマニーのような模様をした羽と
ふわりふわりと空間を漂う姿には、何とも不可思議な美しさを感じます。
何故、わたくしにとって蝶は魅力的なのか。
それは蝶の姿だけでなく、その異名も大きな理由なのです。
蝶の異名は様々です。
「蝴蝶」…こちょう
「夢虫」…ゆめむし
「夢見鳥」…ゆめみどり
夢がつく異名が2つ。
あいまいで、不可思議でいて、はかなくて、驚異なもの。
どうやら「夢」という言葉もひとつ鍵になってきました。
かつて、夢を重視し、現実を超すことを求めた
シュルレアリスムの創始者アンドレ・ブルトンが
『シュルレアレスム宣言』の中で、このような事を記していました。
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不可思議は常に美しい
どのような不可思議も美しい
それどころか
不可思議の他に美しいものはない
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美しいと感じるものは、人それぞれ違うと思いますが
わたくしにとっての美とは
まさにブルトンのこの言葉に尽きると言っても過言ではありません。
さて、ここで展示会のタイトルである「蝴蝶の夢」のお話を。
荘子の有名な故事であります。
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荘子が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだあと、ふと目が覚める。
果たして荘子が夢を見て蝶になったのか、或いは蝶が夢を見て荘子になったのか。
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このことから「蝴蝶の夢」という言葉の意味は、夢と現実の境がはっきりしないたとえ。
またそれを転じて、この世のはかないたとえとなりました。
もうお気づきかもしれませんが
「夢虫」や「夢見鳥」という蝶の異名は、ここから生まれた言葉なのです。
その異名の由来さえも不可思議に満ちて美しいのです。
「夢」と「現実」の狭間に舞う「不可思議」ないきもの。
それが「蝶」なのです。
なんと魅惑的ないきものなのでしょう。
今回の個展では、この「不可思議」な「蝶」を追い求め
「夢」と「現実」を漂いたいと思っております。
不可思議で美しい書を。
陽風
